(追記に日記ログ)
夜更けはいつも暗いものだ。
風と獣の遠吠えがときおり闇を震わせ、焚き火の爆ぜる小さな音がそれら全てに対抗するように、存在を主張する。
火の側にはカディムとロージャが居て、小さく何事か語り合っているようだ。
カディムとロージャが眠らない所為で、私達の野宿はおそらく随分と楽なのだろうな。
彼らに不寝番を任せて眠る事ができる。
眠らなくてはいけなくなった私はもちろん、人間であるレンにとって睡眠は必要なものだから。
しかし今夜のレンは、眠りの世界に行く事ができないようだった。
毛布にくるまり、目を閉じてはいても、覚醒したままの気配がある。
……そして、この間ロージャと散歩に行って以来、彼はおかしい。
明らかな動揺と混乱。切羽詰まった欲求。戸惑いながらの恐怖。
私は毛布の中で小さく息を吐いた。
以前のように暴走を起こすわけには行かないから、最小限の共振れしかしないよう気をつけているが、生来の性質に近い『力』を押さえるのは面倒な事だし、何より……、彼の混乱の原因が分からないのが、もどかしい。
おそらく、何か考えついたのか、何かに気付いたんだろう。
……もしくは、何かを見つけたか。
しばらく考えたが、私はどうにも馬鹿で、良い方法を思いつかない。
だから、こうする事しか知らない。
いつもいつも。
「レン?」
問い掛ける事しか思いつかない。
声をかけると、ぱっとレンの目が開いた。うとともしていなかったんだろう。その目には眠気の欠片もなかった。
微かに銀に光る青い瞳の、本当の色を見透かすように見つめていたら、
「……悪い、起こしちまった?」
と、少しばつが悪そうに謝られた。
「ううん、大丈夫。少し目が覚めただけ」
申し訳なさそうな様子に、微かに笑みを返してから、思い切って聞いてみる。
「レン、君は――その、嫌なら、言わなくてもいいのだけれど」
「ん?」
「何か、あった?」
その瞬間、すっと視線がそれた。
ああそうだよね。何かあったんだよね。ごめんね、うまく尋ねる事ができなくて。
でも、聞く事はできる。聞きたいと思っている。
それが伝わるように、じっと待っていると、
「……あの、さ」
と、迷いながらも切り出された。
「うん」
「今の俺の状況は、自分でもすごくおかしなことになってると思う。だけど他に考えようがなくて、それで昨日からずっと、考えてた」
声にも言葉にも戸惑いが滲んでいて、彼がそれだけ混乱しているのだと分かる。
私は頷いて、そのまま耳を傾けた。
そして……、
「グラーシャが、居るかもしれない」
苦しそうに呟かれた言葉に、驚く。
グラーシャ。
レンの大事な人間。
死んでしまった彼女の事をレンがどれだけ大事に思っているか知っているからこそ、私は息苦しい程の切なさを感じた。
居るかもしれないという事に関しては、正直それほどの驚きはない。
(私達のような種族は、存在自体に色々なあり方があるから)
しかし、いままで居る事を知らず、そしていま知ったのだとしたら、その驚きは察するにあまりある。
「……いつから?」
「前の島にいた時、一度だけそれらしい『波』を見たことがあった。その時の俺は気付かなかったふりをしたんだ。だけど昨日、はっきり見た。彼女の『波』を」
『澪標』の『波』が彼に知らせたのか。彼女の存在を。
それからしばらく、私達の間に沈黙が流れた。
夜更けの音だけがまた辺りを満たす。
----------------------------------------------------
(ここまでしか出来ていない場合、間に合っていません)
風と獣の遠吠えがときおり闇を震わせ、焚き火の爆ぜる小さな音がそれら全てに対抗するように、存在を主張する。
火の側にはカディムとロージャが居て、小さく何事か語り合っているようだ。
カディムとロージャが眠らない所為で、私達の野宿はおそらく随分と楽なのだろうな。
彼らに不寝番を任せて眠る事ができる。
眠らなくてはいけなくなった私はもちろん、人間であるレンにとって睡眠は必要なものだから。
しかし今夜のレンは、眠りの世界に行く事ができないようだった。
毛布にくるまり、目を閉じてはいても、覚醒したままの気配がある。
……そして、この間ロージャと散歩に行って以来、彼はおかしい。
明らかな動揺と混乱。切羽詰まった欲求。戸惑いながらの恐怖。
私は毛布の中で小さく息を吐いた。
以前のように暴走を起こすわけには行かないから、最小限の共振れしかしないよう気をつけているが、生来の性質に近い『力』を押さえるのは面倒な事だし、何より……、彼の混乱の原因が分からないのが、もどかしい。
おそらく、何か考えついたのか、何かに気付いたんだろう。
……もしくは、何かを見つけたか。
しばらく考えたが、私はどうにも馬鹿で、良い方法を思いつかない。
だから、こうする事しか知らない。
いつもいつも。
「レン?」
問い掛ける事しか思いつかない。
声をかけると、ぱっとレンの目が開いた。うとともしていなかったんだろう。その目には眠気の欠片もなかった。
微かに銀に光る青い瞳の、本当の色を見透かすように見つめていたら、
「……悪い、起こしちまった?」
と、少しばつが悪そうに謝られた。
「ううん、大丈夫。少し目が覚めただけ」
申し訳なさそうな様子に、微かに笑みを返してから、思い切って聞いてみる。
「レン、君は――その、嫌なら、言わなくてもいいのだけれど」
「ん?」
「何か、あった?」
その瞬間、すっと視線がそれた。
ああそうだよね。何かあったんだよね。ごめんね、うまく尋ねる事ができなくて。
でも、聞く事はできる。聞きたいと思っている。
それが伝わるように、じっと待っていると、
「……あの、さ」
と、迷いながらも切り出された。
「うん」
「今の俺の状況は、自分でもすごくおかしなことになってると思う。だけど他に考えようがなくて、それで昨日からずっと、考えてた」
声にも言葉にも戸惑いが滲んでいて、彼がそれだけ混乱しているのだと分かる。
私は頷いて、そのまま耳を傾けた。
そして……、
「グラーシャが、居るかもしれない」
苦しそうに呟かれた言葉に、驚く。
グラーシャ。
レンの大事な人間。
死んでしまった彼女の事をレンがどれだけ大事に思っているか知っているからこそ、私は息苦しい程の切なさを感じた。
居るかもしれないという事に関しては、正直それほどの驚きはない。
(私達のような種族は、存在自体に色々なあり方があるから)
しかし、いままで居る事を知らず、そしていま知ったのだとしたら、その驚きは察するにあまりある。
「……いつから?」
「前の島にいた時、一度だけそれらしい『波』を見たことがあった。その時の俺は気付かなかったふりをしたんだ。だけど昨日、はっきり見た。彼女の『波』を」
『澪標』の『波』が彼に知らせたのか。彼女の存在を。
それからしばらく、私達の間に沈黙が流れた。
夜更けの音だけがまた辺りを満たす。
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(ここまでしか出来ていない場合、間に合っていません)
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消えてしまった手紙と日々の覚え書き
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