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白灰色の畔
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偽の島を旅した白灰色の妖魔の物語。

 


全くもって、榊とやらの力には恐れ入った。
なにしろこの私の格好を一瞬にして変えてみせたのだ。

戦いの幕引きは唐突に訪れた。
地下で戦い続けていた探索者達が何かを成し遂げたのだろう。榊にとって、鍵となる何かを。

そして「終わり」が訪れた。



「何コレ! 何コレ!」

ロージャの叫び声にさもありなんと思う。周囲の冒険者達も一様にどよめき、あちこちで動揺が広がっている。一瞬で遺跡から追い出された上、みんな揃って……

「えーと、ハイダラ、これは……」
「……水着、だね」

そう、水着なのだ。一瞬にして。
もちろんレンも水着だ。我々全員水着だ。ご丁寧に浮き輪まで持たされている。

水着姿のレンに曖昧に返事をしながら、自分の格好を改める。
薄物の上下はいつも外套の下に着ているものと雰囲気が非常に近く、とても美しいが、やはりどう見ても水着である。
髪も緩い三つ編みに纏められ、いくらか飾りがちりばめられているが、身につけている飾り達の数は常より大分少なく、なんとも心許ない。
直接つけているものは、髪の飾りを除けば、首飾りが少し、腕輪が少し、といったくらいだ。
残りの多くは、まるで飾り布のように腰に巻いた外套についていた。つけきれなかった分はおそらく外套の中に仕舞われているのだろうが(そのような気配がした)、確かめなくては気が気ではない。

「カディムは、水着にはされてない感じ?」
「いえ、上着は普段のものなのですが……それ以外は、水に濡れても差し支えのない素材にされているようでございますね」

レンの問い掛けに応じるカディムも、上着の下はおかしな素材で出来たよく分からないつなぎ服になっているようで、強い困惑の気配が伝わってきた。これは主の命がなければあまり服装を変える事をしない質なので、どうやら非常に居心地が悪いらしい。

そこでまた、榊が大声を張り上げた。

「しばしの間、流れるプールをご堪能下さいませッ!!」

流れるプールとは何だ、と思った瞬間、足下にさあっと水が広がった。
先ほどまでただの地面であったのが、そこここで見る間に小川が流れ出す。小川は一瞬ごとに広がり、辺り一面を雨期の湿地帯のように水浸しにした。

「な、何だ?」
「これ、もしかして海水……?」

呆然としている間にも、地面と呼べる部分は全て水で覆われて行く。
浅い湖に立ち尽くしたような格好の皆の足へ、波さえ打ち寄せ始めていた。

「ハイダラ、あんたの飾りって……海水大丈夫だっけ?」
「……あ」

レンの言葉に、目をむく。
そうだ!! 私の飾り達は塩や水に弱いものもあるんだ!!!

「ぎゃあ!! ど、どうしよう!! お前達! お前達!! 大丈夫か!!」
「は、ハイダラ様、落ち着かれま」
「煩いこの木偶の坊! 濡れても平気な鈍感絨毯は黙っていろ!!」
「あっ、カディムは大丈夫なの!? よ、良かった……」
「良くないロージャ!! ソレは大丈夫かもしれないが私の飾り達が……!!」
「おおお落ち着けハイダラ! まずは濡れない所に……」
「濡れない所がないよレン!! ああそうだ、塩や水に弱い子は皆すぐに外套の中に逃げるんだ! 私に挨拶しなくていいから!!」
「えっ、飾り達っていつもはハイダラに挨拶してるの!?」
「はい、飾りは皆、私と同じくしもべであったり、契約者であったりしますので、ハイダラ様へのご挨拶は欠かしません」
「そりゃ知らなかった。俺たちには聞こえないもんなんだろうなあ」
「皆のんびり会話していないで、私の足の先から髪の先まで、いっとき濡らさず逃す方法を考えてくれ!!」



……
…………
………………



その後、私達と多くの探索者達は長い間海を流された。
漂流ではあるが、漂ったという言葉はあまり当てはまらない。明らかに方向性——つまり意志を持った流れに流され続けた。北へ北へと。

「……びっくりしたなぁ」
「……うん、びっくりした」

流されながら出来る事と言えば、話しぐらいだ。
『島』はと言えば、流され始めた我々の目の前で、見る見るうちに沈んで行った。
レンが私を捕まえてくれたおかげで、幸いバラバラに流される事は無かったが、速い潮流は島から我々を相当な速度で引き離した。
しかしその速度よりも島が沈む速度の方が速かったのではないかと思われるほど、異常は激しかった。

「まさかこんな幕引きとはね。全然予想していなかったよ」
「だよなー、最後の衣装が水着なんてさ。……とりあえず、はぐれなくて良かったぜ本当」

空と海と、海面一面に浮かぶ探索者以外、見えなくなって、妙に力が抜けた。おかしな島は、最後の最後まで、おかしかった。
あれがこの世界の一部、なにがしかの装置になるのかと思うと、不思議な気持になった。

「ちょっと待てよレンジィ! レンジィってば!」

ロージャの悲鳴が聞こえて、こっそり笑う。
泳ぐ事にも浮く事にも慣れない彼は度々あちこちへ流され、その度にレンが引き寄せに泳いで行く。

「やたら暴れるからだ。大人しく力抜いて流されてろよ、泳げねーんだろ?」
「だ、だって足がつかないじゃないかここ! 落ち着かないんだよ!」
「浮き輪があるだけマシだろーが! 落ち着かねーなら俺にでも掴まってろ!」
「君はやだ!」
「……悪いカディム、面倒見てやってくれ。頭痛くなって来た」

ぎょっとした絨毯の様子にも、笑いが込み上げる。これはいつになっても、思わぬ時に声をかけられると狼狽えるのだ。己を勘定に入れない癖がある。
ロージャが掴まり泳ぎをしながらカディムの方へ行くのを見守っていると、こちらに近づいてくるものがあった。

「全く、妙なことになったな」

ロルだ。怪我等も見当たらず、目出たく無事であるようだが、その格好にまずレンが噴き出した。ばちゃん、と音がして、笑い続けるレンへ、ロルから容赦なく海水がお見舞いされる。

「失礼な。何を笑っている」
「だ、だって先生、その格好……!」
「あの男の力は侮れんな。私までこのような格好をさせられる事になろうとは。おいレンジィ、私がここまで肌を晒すことなど滅多にないぞ。崇め奉って拝めても構わんが——だから笑うな!」

ロルもいつのも姿とは打って変わって、水着に浮き輪だ。
本当にどういう力で、そしてどういう基準でこの術が行われたのか、考えれば考える程、おかしくなってしまう。

「……今回は我々の不始末で手間をかけさせてすまなかった。こいつがあの島を無事に出られたのはあなた方のお陰だ。礼を言う」

だから、ロルの謝罪と礼にも、軽く頷いた。
レンを騙した事や強制的に感情を変化させようとした事への引っ掛かりが、僅かながらないとは言わないが(なにしろ私にとって重要なのはレンの方だから)、彼女らの企みが行われたからこそレンやロージャに会えたという事実もある。

「いいよ、皆無事だったのだし。今は、それを喜ぼう」
「……そうだな、ありがとう」

溜め息をついたロルはどこか幼くも、大人びても、見えた。

「さて、私はしばらく周りを見物してくるとするか。レンジィ、陸に着いたら合流しよう」
「あれ、飛んで先回りされないんですか?」
「海面からでは上手く飛べんし面倒だ。それよりは波に乗っていた方が遥かに楽だしな。では、また」

そういうと彼女は、赤い髪を少し揺らして、滑るように泳いで行った。



……
…………
………………



「あー、暑ぃ……」

私達は随分流された後、ようやく陸地に流れ着いた。
今は砂浜に茂る椰子の木の木陰でふやけた体を休めている。

「何か、地味に疲れたぞ……流されるだけだったってのに」
「大分長いこと水中にいたしね。無理もないさ。まだ手足が落ち着かないよ」
「ああ、もう指の皮とかぐにゃぐにゃだし。それに比べたら、ロージャはアホみたいに元気だな」

アホみたい、というレンの言い様につい笑ってしまう。
そんなことを言われているとはつゆ知らず、ロージャはカディムを連れて波打ち際で大騒ぎをしていた。

「楽しくてしょうがないんだねぇ。あの姿で泳ぐのは初めてだったんだろう?」
「らしいけど……カディムに悪いなぁ」

あっちに行ったりこっちに行ったり、走り回っているロージャは、先の漂流時に何やら思うところがあったのか、ここについた途端「泳ぎ教えて!」とカディムを引っ張って行ったのだ。おろおろしながらも無表情な絨毯はそれなりに泳げるので、まあ任せておく事にする。

浜辺には我々同様、相当な数の探索者が流れ着いていて、皆が思い思いに過ごしている。まるで、あの島の浜辺であるかのような雰囲気。
レンが溜め息をつき、ゆっくりと辺りを見回した。

「……もう見えない、か」

奇妙な島だった。
でも随分と長い間すごし、馴染んだ島でもあった。
懐かしさを覚えて、少しだけ感傷が胸を過る。

「澪標の事? そう言えばあの島にも、波が見えていたと言っていたね」
「ああ。……流されてる最中に何度か使ってみたんだけど、島の波はすぐに見えなくなっちまった。俺程度の力じゃ追えなくなるぐらい、沈んじまったんだ」

レンの澪標でも追えないとなると、単に沈んで距離が離れただけではなく、何らかの力が働いて隔絶されたと見るべきなのかもしれない。

そう、隔絶された。
何かが終わった。
とても大きな区切りだ。

そして島の影響を離れた為に、力が戻りつつある。私の魔力が。
島で利用していたマナは消えたが、代わりに元々の魔力が満ちて行く。
消えていなかったのだな、と安堵する一方で、いちどきに戻ってこようとするそれを少し持て余す。

それに、魔力が戻った本来の私を見て、レンが何と思うか、少し心配だった。
あの島では、私は制限されていた。ヒトではなかったが、ヒトに近い部分もいくらかはあった。
レンはヒトだから、あまりにヒトから外れた私を見たら、嫌がるのではないだろうか。
ヒトは危険な存在を見分ける能力に長けていると聞く。
そして私はヒトにとっては多分危険な存在だ。そこを言い繕う事は出来ない。たとえば虎と鉢合わせしたら、大抵のヒトは命の危険を感じるものだろう。

そんな事をつらつら考えていて、ふと気付くと、レンがこちらを見ていた。

「あのさ、ハイダラ」
「うん?」

一つ、息をして、レンは言葉を続けた。

「……俺、やっとグラーシャにさよならが言えそうだ。十年近くかかっちまったし、今も方法は見つけられてないけど——あの人は、出来るまで待っててくれるみたいだから」

銀に光る青い目が私を見ている。
同時に、その奥にある橙黄色の光を思う。どちらも美しい色だ。

「ここまで来られたのも、区切りが付けられるようになったのも、あんたのおかげだ。今を大事にしたいって思えるようになったのも、あんたが居てくれたからだ。——昨日も言ったけど、もう一度言わせてくれ。一緒に居てくれてありがとう、ハイダラ。俺も、あんたが大好きだ」


ああ、どうしよう。
私は込み上げてくる感情に飲み込まれて、ただただ、嬉しさを噛み締めた。


この感情を何というのかは知らない。
《翼ある災い》、貴方なら知っているのだろうか。
そうだ、《翼ある災い》の名をレンに教えなくては。


レンには教えたい。
私を拾って私を生かしたものの名を。



照れたように頭を掻いて笑う彼を見ながら、私は、私を幸せ者だと思った。



「……さてと! 先生は……何かあっちでうろうろしてんな。俺も遊んでくっかねぇ! ハイダラ、あんたも一緒にどう? せっかく水着姿だし、着替える前に少し遊んでみねーか?」
「うーん、そうだね、大分日も傾いて来たし……うん、私も行くよ。皆で遊ぼう!」
「よし、そんじゃ行きますか! ……おーいロージャ、俺らも混ぜやがれー!」







偽の島を旅した白灰色の妖魔の物語。




 
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ハイダラ。
白灰色の男が呟く独り言。
時折、夢も見ている。

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