(追記に日記ログ)
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語り:ハイダラ
居所:偽物の島
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真夜中を過ぎた頃。
私は円やかに続く丘のような場所にいた。
背後は森。目の前は緩やかに下って行く丘の斜面と、果てが奇妙に霞んで見える草原。
頭上には枝を張り出した木が作る木陰があり、木の葉の隙間で星と月がちらちらと揺れながら輝いている。
ここは『どこかの木陰』。
迷い込んだものと、ここを目指すものと、私の許しのあるものの為の場所。
木陰には絨毯が敷かれ、光る鉱石を入れた蘭燈の灯りがあり、小さく水の流れる音がする。
今この場にいるのは、私と、私のしもべ。
そして、優しくて素敵な水の魔法使いと、美しい杖に宿る可愛い子だけだ。
魔法使いはもう眠っている。
可愛い子は、多分起きているだろう。
しもべ——カディムと言う——は、私の後ろに控えている。
私は、ゆっくりと一歩、木陰を出た。
遮るもののなくなった夜空は広く、恐ろしい程の星星が輝いている。
そして、大きな大きな月。降り注ぐ月光で本が読めそうなほど明るい。
私は、ゆっくりと口を開いた。
歌う様に唇を動かし、魔力を込めて旋律を紡ぐ。声もなく。
歌ではない。
あたりには水晶を触れ合わせたような、少し硬質で透き通った音が、微かに響くだけ。
これは歌ではない。
魂を呼ぶ声、だと、《翼ある災い》は言った。
私の呼ぶ声は、呼びかけている相手にしか聴こえないらしい。
自分で自分の魂を呼ぶ事は出来なかったから、私自身も己の『呼ぶ声』を聴いた事がない。
相手に対しても、ただ呼びかける事しか出来ない。
届くかどうかも分からなければ、応えるかどうかは相手次第。
そんな声。
些か不便で、無いよりはましといった程度の力。
そんなやくたいもない力でありながら、呼ぶ事に費やす魔力は実のところ膨大で、こんな風にわけの分からぬ島で力を封じられている以上、そうたやくす試みる事の出来る術ではないのだが、——それでも今は、呼びたかった。
見失ってしまった数々の魂に向けて。
多分、私が見失ってしまっただけなのだ。
きっとどこかで今も変わらず輝き、息衝き、美しく揺らめいているに違いないのだ。
多分、私が見失ってしまっただけ。
島を制御する装置なるものが壊れてしまった反動と、それによって齎された混乱で。
どこにいるの?
どこにいるの?
ここにいるの?
それともとおく?
わたしはここにいる。
わたしはここにいる。
「……ハイダラ様、そろそろお休み下さいませ」
何度も何度も呼んでいたら、そっと後ろから声がかかった。
気遣わしげなカディムの様子は悪くないが、私はまだ呼んでいたかった。
島から追い出されたあと、改めて上陸した島。
同じ島の筈なのに全く違う雰囲気をした島。
見失ってしまった彼ら。
レンとロージャとはぐれなかったのは、真実、僥倖だ。
奇跡に近い僥倖だ。
「煩い、カディム。お前に指図されるいわれはない」
振り返ったら、カディムは片膝をついたまま深く頭を下げていた。
「……どうか、お休み下さい。お願い致します。ハイダラ様のお力の多くが、またしても封じられてございます。……わたくしの力も衰えております。完璧にお護り出来るかどうか、分かりません」
……そうだ。私の力も衰えたが、カディムの力も衰えた。
私は使える技が減り(何と、今はマジックミサイル一つなのだ!)、魔力も体力も恐ろしく低い。
カディムも、それに引き摺られるように弱っている。
あるじの私が弱ったこんな時に、思うように護れないのは、しもべとして屈辱なのだろう。
「……寝る」
「ありがとうございます」
「煩い。お前に言われたから寝るのではない。明日から、また遺跡の探索をするのだし、寝不足でレンやロージャに迷惑をかけてしまってはいけない」
「御意」
寝不足! この私が寝不足を気にするようになるだなんて!
元いた世界では、『夢を見る為』以外では、ほとんど眠る事などなかったというのに。
「全く……。弱いというのは不便だな」
敷いてある絨毯に横たわり、大きなクッションに顔を埋めると、カディムが上掛けの布をどこからか取り出して、私の体を覆った。
レンが少し身動きをしたが、起きた様子はなくて、ほっとする。
彼の眠りを邪魔してしまったら一大事だ。なにしろヒトにとって睡眠とはとても重要なものなのだから。
『……ハイダラ、寝るの?』
控えめな声がした。
多分ロージャは声を掛けようかどうしようか、迷っていたに違いない。
「うん。ごめんね、ロージャ。遅くまで煩くて」
立ててある杖の文字盤に視線を向けると、色とりどりの鉱石がうっすらと光っていた。
『ううん、そんな事ない。お休み』
「お休み、ロージャ。カディムのおもりをよろしく」
『は、ハイダラ!』
「……!! は、ハイダラ様!!」
「カディム煩い。……そうだ。お前、料理をするように」
「……は?」
「噂によると、この島ではなんだか余計に腹が減るようになったらしい」
「し、しかし、わたくしのつとめはおもてなしであって、主たる食事のあれこれでは……」
「煩い。料理でももてなすように」
その後もなにやらカディムが慌てている雰囲気があったけれど、私は知らぬ振りをして上掛けに潜った。
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語り:カディム
居所:ハイダラの側
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語り:??????
居所:世界を隔てた場所
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「……奴か」
奴が力を使っている。どこかそう遠くない世界で。
呼ぶ声は聞こえないから、何を呼んでいるのか、呼んでいる内容はなんなのか、さっぱり分からないが、力を使っているのは分かる。
弱々しいが少しくせのある魔力は見分けるのが容易だ。
どこか、そう遠くない世界で。
「畜生、あいつが口を割れば話が早いんだがな……」
最近は寒くて、あたりは枯れ野ばかり。
苛々する。
体が重い。
碌すっぽ見通しのままならぬ日々にはよくよく飽いた。
誠に苛々する。
真っ二つにばらしてやろうか。
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消えてしまった手紙と日々の覚え書き
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