(追記に日記ログ)
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場面:ハイダラの記憶
刻限:過去
居所:世界を隔てた遠い場所
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「まったく、こんな力より、もっと強いものが欲しかった」
なにかの魂を呼び終え、それとの会話も一段落したらしいハイダラが、深々と溜め息をついた。
ハイダラの側には、ハイダラよりも背が高く、ハイダラよりも痩せた男が、ゆったりとした寝椅子に横たわっていた。
会話の間じゅう、身動き一つしなかった男の長くのばした黒銀の髪が、光と影を内包した川のように流れている。
「ねえ、《翼ある災い》。そう思うだろう?」
くるりと振り返ったハイダラの動きに合わせて、大量に身につけた飾りが、しゃらしゃらとかそけき音を立てた。
そのまま寝椅子の側まで歩いて行くと、絨毯敷きの床に座り込む。寝椅子の橋に頭を持たせかけ、甘えるように顔を伏せる。
すると、《翼ある災い》と呼ばれた男の痩せた手が動き、痩せた指でゆっくりとハイダラの髪を梳き始めた。
「……そうでもない。その力は、珍しいのだから。……大事にすると良い」
水底から響いているかのような、静かでひやりとした声は、どこか眠たそうだった。
「本当?」
《翼ある災い》から珍しいと言われて機嫌を良くしたハイダラが、ちら、と琥珀の瞳をあげ、少し得意そうに笑う。
「……ああ。いつか、役に立つ事だろう……」
ぽん、と白灰色の頭を撫でた《翼ある災い》は、子供のようなハイダラの笑みに、少し目を細めた。
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語り:カディム
刻限:現在
居所:ハイダラの側、杖の側
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ハイダラ様から新たに命じられた仕事。
それは「料理」。
わたくしが夜明けもまだ遠いうちから露天の炉に向かっていると、
『……カディムは、料理が嫌いなの?』
という小さな声が頭に響いてきた。愛らしく若々しいお声は、杖の御方、ロージャ様のものだ。
ロージャ様はわたくしと同じく睡眠をお取りにならない。そのため、ハイダラ様やレンジィ様——魔術師の御方である——が眠っていらっしゃる間は、わたくしが、僭越ながらお話し相手をお務めする事が多い。今日もそうだ。
「いいえ、ロージャ様。……何故でございましょうか?」
問いかけの内容が少々気になったので、手元を動かしながら立てかけてある杖の御方の文字盤を見ると、薄暗い中で鉱石が小さくちかちかと瞬いている。なにか、考えていらっしゃるようだ。
『あ、いや、大した理由じゃないんだけれど。えーっとね、ハイダラから料理をするように言われた時、とてもびっくりしてたし、今も、その、表情が……』
……そんなに深刻そうな顔をしていたのだろうか。それとも仏頂面で失礼をしてしまったか。
『あのね! あまり好きじゃないのなら、レンジィの分まで作らなくても良いんだよ? あいつの口にはパン屑と草で十分さ!』
成る程。いけない。ご心配をおかけしてしまったようだ。
——つんとした口調であるし、レンジィ様がお聞きになったら怒りそうなお言葉ではあるが、わたくしを気遣ってくださっての事だと思うと、嬉しい。
「料理は好きな部類です。ただ、わたくしの仕事は主食のお世話ではなく、『くつろいで頂く事そのもの』なのでございます。お茶やお菓子等は、くつろぎの要素ではございますが、そちらが主ではないので……。ですから、ましてや、食事となると、いっそう主ではない為に、いささか取り乱してしまいました。申し訳ございません」
詳しく説明をすると、ロージャ様の鉱石がちかちかと明るく光った。安心して頂けたのだろうか。
料理の下拵えもそろそろ終わりだ。
炉の火勢を小さくしてから手を拭き、ロージャ様の方へ向き直る。
「表情に関しては……、ご寛恕下さいませ。もとから愛想のない顔でございます故に」
そう付け加えると、ロージャ様がくすくすと笑った。
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語り:??????
刻限:現在
居所:世界を隔てた場所
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(注:多少グロテスクな描写があります)
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心のおもむくままに人を切っていた頃は、中身なぞ飽きるほどに見慣れていたし、多分、そこいらの医者より人体の各部に詳しかったように思う。
ただ、あまり人を切らなくなった今の方が、いっそう人の中身を知りたいと思うようになっていて困る。
それも体だけでなく、頭の中身となると、これはもう肉や血のように捌いてみるわけには行かないから、一筋縄では行かない。
頭の中身と言っても脳味噌ではないし、腹のうちと言っても臓腑の事じゃあない。
例えば、手触りを知っている。
例えば、舌触りを知っている。
形を、味を知っている。
しかしその程度で、一体何を知ったというのか。
難儀なものだ。
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消えてしまった手紙と日々の覚え書き
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